大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和43年(行ウ)32号 判決 1970年7月21日

原告 岩田和明

被告 広島西郵便局長

訴訟代理人 村重慶一 外五名

主文

被告が原告に対し、昭和四三年九月二六日付をもつてした免職処分は、これを取り消す。

原告の本訴請求のうち、給与の支払いを求める部分は、訴えを却下する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

主文第一、三項と同旨。

被告は、原告に対し昭和四三年一〇月以降毎月二四日限り、一か月につき、金二万四、六〇〇円を支払え。

との判決。

二、被告

主文第二項と同旨。

原告の免職処分取消しの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決。

第二、主張

(原告の請求原因)

一、原告は、昭和四三年三月私立崇徳高等学校商業科を卒業し、郵政職員外務職乙種採用試験に合格、同月二八日、郵政省事務員として採用され、同年四月二二日まで、広島郵政研修所初等部で研修を受けたのち、翌二三日付で広島西郵便局集配課に勤務を命ぜられ、同課において、集配業務に従事していたが、条件附採用期間中の同年九月二六日付で、被告から、人事院規則一一―四(職員の身分保障)第九条(条件附採用期間中の特例)に基づき、事務員を免ずる旨の処分(以下「本件免職処分」という)を受けた。

二、本件免職処分は、以下に述べる理由により、違法なものであるから、原告は、その取消しを求めるものである。

(一) 条件附採用期間中の職員の身分保障について。

原告は、条件附採用期間中の職員という特殊な身分関係にあるが、国家公務員としての採用試験に合格して職員となつたものである以上、その職員としての地位を免ぜられるには、一定の合理的な理由が必要である。人事院規則一一―四は、職員の身分保障を定めたものであり、その第九条に「条件附採用期間中の職員は、法第七八条第四号に掲げる事由に該当する場合、または、勤務成績の不良なこと、心身に故障があること、その他の事実に基づいてその官職に引き続き任用しておくことが適当でないと認める場合には、何時でも降任させ、または免職することができる」旨規定している。右規定の趣旨は、条件附採用期間中の職員といえども、降任し、または、免職するには、合理的な理由が必要とされ、それは、国家公務員法第七八条第一ないし第四号とほゞ同様のものに限定することにあると考えられる。従つて右条項に基づく免職処分は、被告主張のように任命権者の自由裁量によるものではなく、右要件に符合する具体的な理由が必要である。

(二) 免職手続について、

被告は、本件免職処分につき、「人事院規則一一―四第九条により事務員を免ずる」旨の記載がある書面により、これを通知しただけで、何ら具体的処分理由を示していない。これは、右の身分保障の規定に鑑み違法な手続によるものである。

(三) 本件免職処分事由の不存在について、

被告主張の本件免職処分事由がいずれも存在しないから、本件免職処分は違法である。

被告は、種々処分理由を主張するが、その中心は、年次有給休暇(以下「年休」と略称する)請求書の提出先、病気休暇承認申請書(以下「病休申請書」と略称する)への証明書の添付、超過勤務命令拒否に関するものであり、これらは、いずれも労使間の労働条件に関する紛争事項なのである。従つて、本来的には、郵政省と全逓信労働組合(以下「全逓」と略称する)間における団体交渉により解決されるべき問題であり、具体的には、広島西郵便局とその分会において、団交または話合いのうえ、解決されるべき問題である。被告及び集配課長において、この点を何ら配慮することなく、もつぱら原告個人の責任として考えるのは失当である。

1. 年休請求書の提出手続について、

郵政省と全逓間における「年次有給休暇に関する協約」附属覚書には、請求手続として、「休暇の請求は、所属長に対し、あらかじめ別紙様式第一の請求書を提出することにより行なうものとする。」旨定めている。右規定により、広島西郵便局集配課に勤務する原告に関しては集配課長(以下「課長」と略称する)に提出することになる。従つて、原告が年休請求書を課長に提出したことは何らとがめられるべきものではない。

被告主張の通達(昭和三八年二月二八日付)により年休請求書の提出先を主事に定めたとしても、右協約(昭和三二年一二月二七日付)に従つてなされてきた従来の取扱いを変更するには、労使間で十分な話合いがなされるべきである。

また、被告において、原告の年休請求が手続上違法であると考えるならば、年休請求を承認せず、欠勤扱いにすれば足りることである。

次に、年休請求書の提出に関する被告主張の具体的事実について反論する。

(イ) 昭和四三年七月二日の年休請求書提出の件について、

原告は、それ以前に二度年休請求書を直接課長に提出したが、何ら注意を受けなかつた。ところが、同日いきなり課長から主事に提出するよう求められたので、事情がわからないまま、右指示を聞いた他の同僚がこれに抗議しているのを傍らで見ていたものである。

(ロ) 同月一〇日の件について、

原告が、課長との話の途中でその場を離れたのは、他の同僚二名が、昼の休息時間になつたので話は食事をしてからにしようと言うので、同行したのである。また、話の内容は休息時間になつてまで続ける程のものでなく、課長としても、原告を引き止める権限は何もなかつたはずである。

なお、その際、訴外平川栄一が年休請求書を課長に提出したが、課長も同人には何ら注意しなかつた。

(ハ) 同月一五日の年休請求書提出の件については、課長とやりとりしていたのは、他の同僚であり、原告はその状況を見ていたにすぎず、請求書を放置したこともない。

同月一九日の年休請求書提出の件については、「みんながやつているのだから」と言つたまでで、「舟入ブロックの申し合わせだ」とは言つていない。

(ニ) 同月一七日の年休不承認に対する原告の話は、原告が局に勤めて初めてのクラス会でもあり、それに出席できない悩みを、戦場の先輩に話していたものであり、課長へのあてつけではない。

2. 病休申請書への証明書等の添付について。

原告の病休申請は、いずれもわずか一日の休暇に関するものであり、しかも、客観的には、病気であることが明らかであつたものである。従つて、被告の主張するように証明書を提出する義務は、郵政省と全逓間における協約上も生じない。

一日程度の病休に証明書の提出を要求することになれば、職員には、医者にかかるまでもないが、体の調子が悪いため仕事に出られないこともありうることで、ひいては、職員に無理な就労を強いることにもなり、組合としても職員の健康を守るため反対してきたものである。

この点に関して被告が主張する具体的事実について反論する。

(イ) 昭和四三年八月一七日の病休証明書の件については、前日の一六日慢性腎炎兼肝炎の疑いで吉田病院に通院していたのであり、課長も右事実を原告との話合いの中で承知していたはずであるから、あえて証明書の提出を要求する理由はない。

(ロ) 同月一八日病休申請書提出の件については、前日吉田病院で治療を受けた際、同病院の医師から「精密検査のため八月二〇日に来るように」と言われたので、病休申請書を提出したにすぎず、これは、他の同僚がかつても同様の申請をしたので、それに従つたものである。

(ハ) 同年九月六日の病休証明書提出の件については、原告だけの立場からすれば、メモ的な証明書を持つていたから、これを提出してもよかつたのであるが、原告が提出することにより、他の同僚の場合にも証明書を提出しなければならないことになれば、結局、病気であるにも拘らず、証明書がないために休暇がとれなくなることも予想され、原告ひとりの問題に止まらないことを、職場の同僚、組合役員に説明されて、これに従つたまでで、原告本人の意思は殆どない。

3. 超勤命令の拒否について、

労働基準法第三六条による時間外労働に関する協定(以下「三六協定」と略称する)を締結し、労働協約又は就業規則でその旨を定めたとしても、その適用を受ける個々の労働者は、民事上の就労義務を負わない。

労働基準法で定める八時間労働についての規定(第三二条)は、最低の労働条件を定めたものであり、これを下廻るものは、労働協約等に定めても無効である。

従つて、協約または就業規則をもつてしても、超勤に関し個々の労働者の同意なくしては、就労義務は発生しない。しかし、現実には、個々の職員が就労を拒否することが困難であるところから、異議申立ての制度を制定し労働協約第四条に、具体的事由を明記しており、同条項に該当するかどうかの判断は、同意を与える職員の側に属するものである。

原告の超勤拒否について、被告は、配達業務の時は拒否し、研究会の時は受諾しているとして非難するが、研究会は、仕事の内容が変る時にその説明をするのが主であり、これを聞かなくては、仕事の要領がわからなくなるので、原告も無理をして受諾したものである。原告の超勤拒否が八月に多いけれど、これは、原告にとつて、高校卒業後初めての夏であり、当時、体の調子がすぐれなかつたためである。

4. 原告の勤務態度に関する主張について

(イ) 昭和四三年七月一二日の代人受領の件、同月一三日の特別送達の件については、利用者から苦情があつたことは認めるが、この種の苦情は多数あることで、特に原告の行動のみをとりあげるのは失当であり、利用者の態度も被告の主張するほど厳しいものではない。

(ロ) 同年九月一四日の集団抗議の件について、原告が最前列にいたことはなく、また、勤務時間外のことであり、原告はじめ他の参加者についても、この件で何らの注意、処分を受けたことはない。

(ハ) 同月二〇日の副課長に対する抗議の件については、かねてから新住居表示によることを指示しながら、副課長から、新住居表示による郵便物を後廻しにするようにとの指示があつたため、同僚の平川栄一等が副課長と話しているのを、業務に関することであるから、原告も傍らで聞いていたものである。

(ニ) 同月二二日の郵便物配達の件については、当日、平常の倍以上の郵便物があつたので、自然に出発が遅れたにすぎず、ことさら、作業能率を低下させたことはない。

(ホ) 被告は、原告の日常の態度がよくなかつたと主張するが、その事実はなく、これらの事実について注意を受けたこともない。

以上述べたように本件免職処分は、処分事由を欠くものであるから、取り消されるべきである。

三、そこで、原告は、任命権者の被告に対し、本件免職処分の取消しを求めるとともに、右処分当時、原告は、一か月金二万四、六〇〇円の給与を得ていたので、昭和四三年一〇月以降、毎月二四日(給与支給日)限り、一か月につき、金二万四、六〇〇円の給与の支払いを求めるものである。

(被告の答弁並びに主張)

一、本案前の申立て

原告の請求のうち、給与の支払いを求める部分は不適法な訴えである。すなわち、給与の支払いを求める相手方は、権利の帰属主体である国であって、被告は国の行政機関にすぎず、被告適格を有しない。

二、本案についての答弁

(一) 請求原因第一項の事実は認める。

(二) 同第二項の事実のうち、被告が原告に対し、昭和四三年九月二六日人事院規則一一―四第九条により事務員を免ずる旨の通知をしたことは認めるが、その余の事実は争う。

(三) 同第三項の事実のうち、原告の給与が一か月金二万四、六〇〇円であつたことは認めるが、その余の事実は争う。

三、本案についての主張

(一) 条件附採用期間中の職員の身分保障について

条件附採用制度は、一定の試験によつて採用した職員について、職員としての勤務成績等を考慮して、不適格者と認められる者を官職から排除することを容易ならしめるものであり、その本質は、正式職員として採用するための選択過程の一部である。そして条件附採用期間中の職員は、いわば暫定的地位にある職員ないし正式採否を検討中の職員といえるものであり、一般職員と異なり、その身分保障は排除され、その免職については、任命権者に広範囲な自由裁量権が認められるものである。法規においても、国家公務員法第八一条は、条件附採用期間中の職員について、同法第七五条の身分保障、同法第七八条ないし第八〇条の不利益処分の制限、同法第八九条の処分説明書の交付の各規定、及び行政不服審査法の各条項は適用されない旨規定し、人事院規則一一―四第九条にある原告主張の条項は、任命権者の自由裁量により、免職することができることを意味するものである。

(二) 本件免職処分について

任命権者である被告は、原告の勤務実績を慎重に検討した結果、後述の具体的事由に鑑み、今後、指導、矯正を重ねても、とうてい国民の公僕にふさわしい公務員となることは期待できないと認め、勤務実績が不良であつて、職員として正式に採用することは適当でないと判断して免職処分にしたものである。

1. 原告は、本件免職処分の通知に何ら具体的理由が示されていないことをもつて、本件免職処分に手続上の違法事由がある旨主張するが、条件附採用期間中の職員の身分的特殊性、免職処分につき任命権者に広範囲な自由裁量権が与えられていること、処分説明書交付の規定が適用されないこと、及び他に理由付記に関する特別の規定が存在しないこと等を考慮すれば、被告が「人事院規則一一―四第九条により事務員を免ずる」とした発令形式は、要件において必要かつ十分であり、本件免職処分について手続上の違法事由は存在しない。

2. 本件免職処分事由について、

(イ) 年休請求書の提出手続について

年休の請求、承認についてどのような手続、方法によるかは使用者の内部権限に属するところの単なる事務処理上の問題にすぎず、そのこと自体は労働基準法並びに郵政省と全逓との間の「年次有給休暇に関する協約」及びその付属覚書の関与しないものである。そこで、郵政省は、右のような趣旨から、郵服第一〇九号(昭和三八年二月二八日付)通達により「郵便外務主事、及び主任の掌理事項並びにその細目」を定め、その別表において、「諸休暇の付与又は承認に関すること」を主事の掌理事項とし、その細目として「諸休暇の請求又は、承認申請があつたときは意見を付して上申し、上司の指示を受けてその結果を通知する」ことを定め、下部機関を指導している。右通達に従い、広島西郵便局においても、各課の業務の実態に即応しもつとも適当な主事または主任を指定して職務の一端として年休請求書の受付等の事務処理を行なわせることとし、原告の所属する集配課においては、翌日の担務指定を担当する主事にこれを担当させ、諸休暇の請求書はすべて同主事に提出させることにしている。

然るに、原告は、次のとおり被告の指導に従わず、年休請求書を集配課長(以下「課長」と略称する)に提出することを繰返したのである。

原告は昭和四三年七月二日午后一時ごろ課長のところに年休請求書を持参したので、課長が一番勤務の隆杉主事にこれを提出するよう指示したところ、原告はこれに従わず、同僚五名とともに課長席に集まり、請求書はあくまで課長のところへ出すのだと抗議して、そのまま請求書を課長席に置き去つた。

原告は同年八月七日午後一時ごろ、課長席に年休請求書を放置して立ち去つたので、同月一〇日午後零時一〇分ごろ、課長が原告を呼び、年休請求書の提出先について注意しようとしたところ、その場にやつてきた同僚二名に同調してそのまま立ち去ろうとしたので課長は「岩田君待ちなさい。まだ話はすんでいない。」旨注意して引止めようとしたが、原告はこれを無視して立ち去つた。

原告は、同月一五日午後一時すぎ、課長席に年休請求書を持参したので、課長は「あんたいつまでそんなことをしているのか。」と問いただし主事のところへ提出するよう指示したが、他の同僚二名とともにこれに反論し、課長の注意指示に従わず、請求書を課長席に放置したまま立ち去つた。

原告は、同月一九日午前八時一五分ごろ、課長席に年休請求書を置いて立ち去ろうとしたので、課長はこれを呼び止め、「岩田君、君はいつまでこういうことをしているのか、課長の指示は従えぬというのでは困つたことになるよ」と注意したところ、原告は「舟入ブロックの申し合わせだ。」と答えたので、課長が「課長指示よりブロックの申し合わせが優先するのか。私はこれ以上何も言わないが、君が私の言つたことをどう考えるか態度で示してもらいたい。」と注意したが、原告はこれに従わずそのまま立ち去つた。

原告の右各行為は、国家公務員法第九八条及び就業規則第一三条にいう上司の命令、指示に従わず、これを無視するものである。

また原告は、同月一七日午後一時すぎ、翌日の年休が承認されなかつたことを不満として、「わしは明日どうしても休むぞ、クラス会じやけーの。」と大声で叫び、上司をぐろうし、反抗的態度を示した。

(ロ) 病休申請書への証明書等の添付について

郵政省と全逓間に締結されている「特別休暇に関する協約」には、職員が七日未満の病気休暇の承認を申請する場合において「必要ある場合には、所属長は証明書の添付を求めることができる。」(第三条第三項)旨が定められており、所属長から提出を求められた場合につき郵政省就業規則には、「所属長が必要と認めて証明書等の提出を求めたときは、これを提出しなければならない。」(九三条第三項)旨職員の提出義務を明示している。

右協約により証明書等の提出を求める必要性の判断は、所属長に委ねられているが、これは病気休暇の申請時の前後における申請者本人の外観、言動、友人及び家族の証言等諸般の事情を綜合してみても、病気休暇の要件を充足していると認定できない場合、もしくは、当該職場において病気休暇の申請が不自然に多発している状況にあり、その申請に疑義がある場合等に証明書等の提出を求めるものである。当時、原告の所属していた集配課においては、他の職場に比較して病気休暇の申請が多く、特に濫用の疑いがもたれる一日ないし三日程度の短期の病気休暇が不自然に多発している状況にあつた。

そこで課長は、原告が昭和四三年八月一六日に提出した病休申請書につき、証明書を添付するよう指示したが、原告は提出しなかつたので、翌一七日午後一時すぎ、重ねて課長は、証明書を提出するよう指示したところ、原告は「一週間以内の病休には証明書はいらない。」と答えた。そこで課長は「そんなことはない、求められたら出さねばならないと協約でもなつている。」と言うと、原告は「そんなことになつていない。」と大声で叫んだ。

原告は、同月一七日「精密検査のため」という事由で病休申請書(八月二〇日一日間)を提出したので、同日午後一時すぎ、課長は、原告に対し、病休の本旨を説明し、検査のためでは病休にならない旨説明したが原告は「そんなことはない。病休になる。」等と大声で反論した。

原告は、九月六日午後零時すぎ、課長席に呼ばれ、課長から、病気休暇の証明について「昨日の病休については副課長からも指示されているとおり、医師の証明書を提出するように。」と指示されたが、「メモ的な証明書を書いて貰つてきた。」と答えたのみで、証明書を持つているにも拘らず提出せず、さらに九月一一日及び一四日の両日、課長から重ねて説諭、指示されてもなお証明書を提出せず、同月一五日午後一時すぎ、同僚三名とともに課長席にやつてきて「証明書は出さない。自分ひとり出すことはない。」等と申し立てて抗議した。

原告の以上の行為は、国家公務員法第九八条及び就業規則第五条にいう上司の命令、指示に素直に従わず、かつ同規則第九三条に定められている証明書等の提出義務を無視し、逆に上司に対し反論する等反抗的態度をとつて職場秩序を乱したものである。

(ハ) 超勤命令の拒否について

超勤命令による職員の時間外労働に関する就労義務は、労使間における「三六協定」から直ちに生ずるものでないことは、原告の主張のとおりであるが(「三六協定」は本来刑事免責の協約である)、右就労義務は、労働協約または就業規則を媒介として発生するものである。すなわち、労働協約または就業規則で時間外労働について規定しておれば、職員は「三六協定」が締結された場合、その範囲内で時間外労働に就労する民事上の義務を負うことになる。

郵政省においては、就業規則第六六条により「労基法三六条の規定による協定を締結したときは、当該協定の定めるところにより、週休日または時間外の勤務を命ぜられることがある、」旨規定してあり、郵政省と全逓との間で締結されている「時間外労働および休日労働に関する協約」により、超勤命令の出される場合が規定されている。従つて、右条項に基づいて適法になされた超勤命令を正当な理由なく拒否することは、就業規則に違反することはもとより、上司の職務上の命令に違反し、問責の対象となるものである。

ところで、原告が、集配課に勤務をはじめた四月二三日以降、超勤命令に対する諾否は次のとおりである。

五月九日拒否(私用)同月一〇、二二日(研究会)承諾

六月二〇日拒否(通院)同月二一、二二日承諾

七月一七日(研究会)承諾

八月三日拒否(私用)同月一〇日拒否(風邪)同月一五日拒否(不調)同月二四日(研究会)承諾

九月一一日(研究会)承諾同月一八、二〇、二一日拒否(通院)

原告は、右の超勤命令拒否について、正当な理由がある旨主張するが、以下の理由により失当である。郵政省と全逓との間における先の協約第四条第一項各号所定の事由がある場合、異議申立ての制度を規定してあることは認めるが、右各号に定める事由は、制度の趣旨に照らし、社会通念上、やむをえない事由に限定されている。

原告は、超勤命令拒否の理由として、「私用」あるいは「通院」を主張するが、五月九日の「私用」については、海田町の伯母の家を就職祝を兼ねて訪れるものにすぎず、右協約にいう「本人に重要と認められる事由」に該当するとは認められない。

また、「通院」についても、当時、原告が通院していた田辺医院、大川医院の診療時間(それぞれ午後六時三〇分、午後七時まで)と原告の勤務終了時刻(午後三時三〇分)からみて、一ないし二時間の時間外労働に応じられない理由とは認められない。ちなみに原告は、七月一七日には、研究会のため一時間の時間外労働をした後、田辺医院で治療を受けている。

本件免職処分前三か月間において、原告は、研究会のための時間外労働には応じていながら、郵便物配送のための時間外労働は、六回とも拒否し、郵便物の滞留を生ぜしめた。これは、原告が勤務に対する意欲に欠けていたことの徴証である。

(ニ) 原告の勤務態度に関する事項について

原告は、七月一二日、広島市舟入本町六―一七伊藤勇に対し、内容証明配達証明つきの書留郵便を名宛人不在のため、代人受領せよといいはり、同人との間に口論状態となつた。

また翌一三日広島市舟入本町七―二五栄建設株式会社宛の特別送達郵便の配達について、受領者との間に口論を起し、いずれも利用者から西局に対し、電話で苦情を申込まれた。

原告は、八月一五日午後、他の同僚三名が局外作業中パン屋に入り、パンや牛乳を飲食したので、課長が注意を与えたことについて、同月一七日午後一時すぎ、他の同僚六名とともに課長席に来て、「牛乳を飲んで何が悪い。」「小便するのはいかんのか。」「局外作業をやつたことがない者には分るもんか。」「そんなことでは人は動かせない。」「課長のものの言い方が悪い。」等と口々に発言して抗議した。

九月一四日午後零時二〇分ごろから午後四時三〇分ごろまでの間、同局職員約一〇〇名が賃金カット問題を不満として庶務課長席におしかけ、集団で抗議した際、原告は、午後零時二〇分から同一時七分の間及び同三時二〇分から同四時三〇分の間これに参加し、いずれも最前列にいて抗議を続けた。

原告は、九月二〇日午前八時三〇分すぎ、集配副課長の作業指示に対し、他の同僚五名とともに「態度や指示が悪い。」として、課長の就業命令を無視して勤務時間中であるにも拘らず抗議し、約一〇分間職務を欠いた。

原告は九月二二日午前九時二〇分すぎ、副課長から、「今までに戸別組立てが終了した郵便物だけを持つて配達に出なさい。」との作業指示を受けたにも拘らず、他の同僚三名とともにこれを無視し、平常の作業能率を落としてゆつくりと同じ作業を続け、副課長からの再度の指示によりようやく組立て作業をやめ、郵便物の把束にとりかかつたが、なおもゆつくりと作業し、四五分を要してようやく出発した。

その他、原告は、配達未済の郵便物があつても、配達を打切つて早目に帰局し、しかも処理しなければならない郵便物があるにもかかわらず、勤務中しばしば昼食したり更衣する等職務に対する勤勉さに欠け、配達鞄、把束ひも、椅子等の整理、整頓も悪く、さらには、服装もだらしないことが多く、朝夕の挨拶を欠く等、日常の勤務態度、言動も悪かつたものである。

(三) 以上述べた原告の勤務態度を綜合判断した結果、今後、指導、矯正を重ねても、国民の公僕にふさわしい公務員となることは期待できず、職員として、正式に採用することは適当でないとして、被告は本件免職処分をしたものであり、右処分に何ら違法事由は存在しない。

第三、証拠関係<省略>

理由

(本案前の申立てについての判断)

原告は、本件免職処分の取消しを前提として、右免職の日の属する月の翌月以降の給与の支払いを、被告広島西郵便局長に対して請求しているが、国家公務員の給与の支給に関する権利の帰属主体は国であり、国の一行政機関にすぎない右被告に対し右の給付を求めることは許されない。従つて、原告の本訴請求のうち、給与の支払いを求める部分は、不適法な訴えであるから、却下を免れない。

(本案についての判断)

一、原告が、昭和四三年三月二八日、郵政省事務員として採用され、同年四月二二日まで広島郵政研修所初等部で研修を受けた後、同月二三日付で広島西郵便局集配課に配属され、集配業務に従事していたこと、及び条件附採用期間中の同年九月二六日付で、被告から、人事院規則一一―四第九条に基づき、事務員を免職されたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、原告は、本件免職処分が何ら具体的理由を示さないでなされたことを理由に手続上の違法がある旨及び本訴における被告主張の免職処分事由も免職理由に当らない旨主張するので、以下判断するが、条件附採用期間中の職員の身分保障について争いがあるので、まずこの点につき検討する。

そこで、まず、条件附採用制度について考えてみるに、国家公務員の採用につき、国家公務員法(以下単に「法」と略称する)は成績主義の原則を掲げ、職員の採用は、競争試験または選考の方法によるべき旨規定している。しかし、右の試験または選考の方法によるも、採用された職員が、その官職における職務を遂行する能力を有する適格者であることを必ずしも保障するものではない。そこで、条件附採用制度は、右の方法によつて採用された職員がその官職における適格者であるかどうかを条件附採用期間中の勤務成績等から判断して、職員として正式に採用するか否かを決定するためのものであり、職員の選択手続における最終的な選択過程としてとられている制度であると考えられる。法はその期間を六か月と定め、条件附採用期間中の職員が、その期間良好な成績で職務を遂行したとき、適格を有する者として職員に正式に採用されることと定めているのである。

被告は、右の条件附採用制度の意義及び人事院規則一一―四の規定の趣旨等に鑑み、条件附採用期間中の職員に対する免職処分は、任命権者の広範囲な自由裁量に属するものである旨主張するが、条件附採用期間中の職員は、法の成績主義の原則に則つた試験または選考の過程における選別を終えていること、条件附採用制度が、右の成績主義の完全を期するためのものであり、その本質は職員としての不適格者を排除するためのものであり、職員として正式に採用する場合は何らの発令形式をとらず、不適格者にのみ免職処分通知をしていること、条件附採用期間中の職員といえども、国家公務員として宣誓したうえ採用され、一定の給与の支払いを受けており、正式採用されることに対する期待権を有していることを考えれば、それらの者の権利を剥奪する免職処分には、その官職に引き続き任用しておくことを不適当とする合理的理由が必要であると考えられる。そして、これは、条件附採用制度とは何ら矛盾するものではない。人事院規則一一―四第九条はこのことを明文化したものであり、右条項に基づく免職処分は右条項に該当する具体的理由を要し、その判断はいわゆる覊束裁量に属するものと解すべきである。

三、本件免職処分に手続上の違法事由がある旨の主張について

原告に対する本件免職処分通知が「人事院規則一一―四第九条により事務員を免ずる。」旨記載している文書によつてなされたことは、当者間に争いがない。

そこで、原告は、右処分通知に具体的な免職事由が示されていないから、右処分は手続上違法である旨主張するが、先に説示した条件附採用期間中の職員の身分上の特殊性並びに条件附採用期間中の職員には、正式職員の場合に適用される法第八九条の処分説明書の交付の規定が適用されないこと、他に理由付記を要求する規定のないことからすれば、右処分通知書に具体的事由が示されていないことをもつて本件免職処分が、手続上違法であるとは認められない。

四、本件免職処分事由の有無について

(一)  年休請求書の提出に関する事由について

証人竹中弥寿雄(一回)の証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証の一、三、四、九、成立に争いのない甲第五号証及び証人竹中弥寿雄(一、二回)、同井手口祐将、同杉田務、同野田昭信の各証言並びに原告本人の尋問の結果を綜合すれば、次の事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

1. 原告は、昭和四三年七月二日午後一時ごろ、集配課長に対し、年休請求書を提出したところ、課長から隆杉主事に提出するよう指示され、一度引き退つたが、同僚五名の者とともに課長席にやつてきて、課長の指示に抗議し、年休請求書を課長に提出した。

2. 同年八月七日、原告が年休請求書を課長に提出したことについて、同月一〇日午後一時ごろ、課長は、原告を自席に呼び、再び注意を与えようとしたところ、訴外平川栄一が年休請求書を提出してきたので、同人に対し、一番主事に提出するよう注意を与えたが、同人は同僚の井手口祐将とともに課長に提出することになつていると抗議し、原告ら三名が、そのまま立ち去ろうとしたので、課長は原告を、引止めようとしたが、右井手口が原告を促し、その場を立ち去つた。

3. 同月一五日午後一時すぎと、同月一九日午前八時一五分ごろ、原告が先の注意にも拘らず、課長に対し、年休請求書を提出し、課長は、「いつまでそんなことしているのか。」と注意したが、原告は、これに従わなかつた。

被告は、右の原告の態度につき、上司の命令に従う義務に違反し、同僚とともに、上司に抗議する行為は職場の秩序を乱すものであると主張する。

前掲各証拠によれば年休請求書の提出先について全逓と郵政省の間に争いがあり、全逓及び広島西局分会は、「年次有給休暇に関する協約」附属覚書第一項(請求の手続)に基づいて、休暇の請求は所属長に対して提出することになつており、所属長とは、各郵便局長を指すものであるが、広島西郵便局の場合、同局課長委任規定により休暇承認の権限が局長から課長に委任されているので、権限者である課長に提出すべきである旨主張していること、郵政省及び被告は、年休請求書の具体的な提出先を決定することは内部機関の掌理事項の分担の問題にすぎず、右協約の関知しないところであると主張し、広島西郵便局においては、郵服第一〇九号(昭和三八年二月二八日付)通達及びその別表に基づき、年休請求書の提出先を一番主事と定め、その旨職員に対し、指導していること、昭和四二年の全逓と郵政省間における団体交渉で、年休請求書の提出先について話合いが持たれたが結論が出ず、今後の交渉においてなお話合いが進められることになつているものと認められる。

広島西郵便局においても、具体的な年休請求書の提出先は、両者の見解の相違から画一化されておらず、原告が配属されている集配課では、組合の方針に従つて、課長に提出している者が若干名おり、原告が課長に提出したのも、同僚から従来の慣行として課長に提出しており、それが協約上当然の処置である旨説明されたことによるものと認められる。

このように労使間で争いがある事項については、一方的に自己の主張する取扱いを強制することは妥当でなく、両者の話合いによつて定めるべきである。そして、原告が課長からの指導、指示にも拘らずあえて年休請求書を課長に提出したのも組合並びに集配課勤務の同僚からの示唆によるものである以上、原告個人の責任に帰しうる事項ではなく、右事実をもつて免職処分の事由とするのは相当でないというべきである。

(二)  病休申請書への証明書等の添付に関する事由について、

証人竹中弥寿雄の証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証の六、七、九、一〇ないし一三、成立に争いのない甲第四号証、及び証人竹中弥寿雄(一、二回)、同井手口祐将、同野田昭信、同杉田務の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すれば次の事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

1. 原告は、昭和四三年八月一六日午前七時二六分頃、奥副課長に対し、体の調子が悪いことを理由に病休申請をしたところ、右副課長から病院で診察を受け、その証明書を提出するよう求められ、これを一応了承しながら、提出しなかつたので、翌一七日午後一時すぎ、課長が証明書を提出するよう指示したところ「一週間以内の病休には証明書はいらない。」と答え、課長から「そんなことはない。求められたら提出しなければならない。協約でもそうなつている。」旨注意されると、「そんなことになつていない。」と反論した。その際、原告が同日提出していた八月二〇日の病休申請が「肝(または腎)臓病精密検査のため」となつていたので、右課長は「検査のためでは病休にならない。」と説明したが、原告は「検査のためでも病休になる。」と反論した。

2. 同年九月六日午後零時すぎ、課長は、原告の同月五日の病休につき、その事由が確認できるものを提出するよう求めたところ、原告は「歯痛が激しく、医者で診察を受け、メモ的な証明書を貰つてきた。」と答えたが、その証明書を提出しなかつた。その後、同月一一日及び一四日原告と課長の間で証明書提出の義務について話合いがなされ、原告も納得したかにみえたが、同月一五日午後一時すぎ、同僚三名とともに課長席にやつてきて、「証明書は出さない。自分ひとり出すことはない。」等申し立て抗議した。

被告は、原告の右各行為について、法第九八条及び就業規則第五条にいう上司の命令、指示に従わず、かつ同規則第九三条の証明書等の提出義務を無視し、かつ、反抗的態度を示して、職場秩序を乱したものであると主張する。

郵政省と全逓間における「特別休暇等に関する協約」によれば、病休はあらかじめ所属長に対し承認申請書を提出して、その承認を得なければならないこと、その場合所属長は、必要ある場合証明書の提出を要求できること、及び七日以上の休暇については、証明書の提出が義務づけられていることは当事者間に争いがない。本件の場合、原告の病休申請はいずれも一日間の休暇に関するものであるから所属長が証明書の提出を求めるのは、その判断により証明書の提出が必要と認められる場合に当ると考えたことによるものである。証人竹中弥寿雄の証言でも明らかなように、その必要性の判断は、病気であることの確認を要する場合と認められるかどうかにかかるものである。

そこで、原告の各病休申請につき、証明書の提出が必要な場合であつたかどうかを検討してみる。

前掲各証拠によれば、昭和四三年八月一六日の病休については、当日午前七時すぎ奥副課長に対し、体の調子が悪いとのみ申出で、具体的な症状を訴えていないところから、副課長とすれば、どういう症状なのかを確認する必要があり、証明書の提出を要求するのも理由がある。同月五日の病休については、六日課長から証明書の提出を求められた時、原告は歯痛が激しく医者の診察を受け、三日位通院の必要があると言われた旨申出ており、その申出に疑問を感ずる特段の事情も認められない以上、あえてその証明書の提出を求めるまでもないと思われる。そして、原告自身としては、課長からの説明により証明書を提出してもよいと思つたが、職場の同僚から提出の必要はない旨指導され、両者の板ばさみで困惑したが、結局日常一緒に集配業務に携わつている同僚の言い分に従つて提出を拒否したことが認められる。右事実に照らせば、原告自身の責に帰せられる問題というより職場内で証明書提出に関してより良い慣行の確立が急務でありそのためには、局側と職員の間での慎重な協議のうえ証明書の提出を要求する場合の具体的基準を検討することで解決されるべきであると考える。また集配課に所属する者について、病休を濫用している疑いがあるとの被告の主張事実は本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

なお、被告としても、証明書の提出要求を本件の病休の絶対的要件と考えるならば、原告の病休申請を承認しない処置を講ずることで足りるものと思われ、あえて免職処分事由とするのは当らない。

また、原告が同年八月一八日の年休請求を認められなかつたことについて、同月一七日区分台の所で「わしは明日どうしても休むぞ、クラス会じやけーの。」と言つた事実は当事者間に争いがないが、原告本人の陳述に照らし、右発言は、休暇を得られなかつた不満を同僚にもらしたものと考えられ、格別上司をぐろうし、反抗的態度から出たものと認めるに足りる証拠はない。

(三)  超勤命令拒否に関する事由について

原告が広島西郵便局集配課に勤務をはじめてから、本件免職処分に至るまでの期間における原告の超勤命令に対する諾否回数については当事者間に争いがない。右事実によれば、原告は通算一五回の超勤命令を受け、そのうち、研究会を内容とするものは四回とも受諾し、郵便物配送を内容とするものは、三回受諾し、八回拒否したことになる。

被告は、「時間外勤務に関する協約」及び就業規則の規定に照らし、郵政省職員については、所属長から一定の時間、仕事内容を指定されて超勤命令を出された場合、就労義務を負うものであると主張するが、超勤に関し、三六協定、労働協約、就業規則などいかなる形式をもつて取極めをしても個々の職員に対して民事上の就労義務を課することはできず、民事上の就労義務は、具体的な日時、場所、仕事内容を指定されたとき、個々の職員が明示または黙示にこれを承認した場合に生ずるものであると解されるので、被告の右主張は採用できない。

ところで、被告は、原告に対する超勤命令が、それ自身いずれも業務命令であり、正当な理由がなく拒否することは許されないものである旨主張するが、原告に対して指示された超勤命令は、超勤について相手方の同意を求める申込みに当るものであつて、未だ業務命令として確定的に発せられたものではないと解すべきである。従つてこれに応じなかつたことをもつて直ちに処分事由とすることはできない。

更に、被告は、原告が郵便物配送についての超勤命令を正当な理由なく何回も拒否したことは、原告が、勤労意欲に乏しく、かつ公務員としての奉仕観念に欠けることの徴証であると主張する。

郵便物の遅配が問題とされている現況に鑑み、郵政省職員としては、配達促進に努めることが要求されることは言うまでもない。そして郵便物配送の超勤は、残留郵便物の解消のためになされるものと思われるところ、原告本人の陳述によれば、原告に関する超勤は、午後三時半の勤務終了後、一時間の配達業務であると認められ、特段過重な労働ともいえず、何らの理由なく拒否することは、結局他の職員に負担を強いることになる点も考慮すれば、職員として好ましくない態度であると言える。また、証人竹中弥寿雄の証言(二回)により真正に成立したものと認められる乙第一七号証によれば、原告は、他の条件附採用期間中の職員に比較して、郵便物配送に関する超勤拒否の回数が目立つて多いことが認められるので、その理由等を検討する。

原告は、五、六月に各一回、八、九月に各三回郵便物配送の超勤を拒否しており、その頻度の面において問題となると思われる八、九月の拒否理由を検討するに、成立に争いのない甲第一号証の一ないし三、並びに原告本人尋問の結果によれば、八、九月当時、原告は慢性腎炎または肝炎の疑いで広島市戸坂町の吉田医院に数回通院しており、また、九月には歯痛のため同市同町の大川歯科医院に通院していた事実が認められ、その期間体の調子がおもわしくなかつたものと推認される。研究会の超勤を終えて後通院した事実及び一時間の超勤を終えて後も時間的には通院が可能であることは原告本人の陳述で認められるが、勤労者の側にたつてみると、郵便物を配送する業務と業務の向上をはかる研究会を同様に論ずることは当をえない。

そこで、「時間外労働および休日労働に関する協約」第四条に規定してある異議申立事由との関連を考えてみるに、原告の右拒否は第二号「健康状態による困難」に該当するものと考えられる。従つて、この期間内に郵便物配送の超勤に応じなかつたことをもつて直ちに原告が勤労意欲に乏しく公務員としての奉仕観念に欠けるものだとする被告の主張は首肯し難い。また、右証人の証言により真正に成立したものと認められる乙第七号証によるも、原告に関する八月の郵便物残留状況は、超勤拒否によつて郵便物の著しい滞貨をきたしたとも認められない。

(四)  その他の勤務態度に関する事由について

1. 利用者からの苦情申入れについて

証人竹中弥寿雄(一、二回)の証言及び右証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証の二、一六と第四号証並びに原告本人の尋問の結果を綜合すれば次の事実が認められる。

原告は、昭和四三年七月一二日広島市舟入本町六―一七伊藤勇に対し、内容証明、配達証明つきの郵便の代人受領を求めたところ拒否され両者の間で口論となり、後刻同人から原告の態度が悪いと電話をもつて局に苦情が申し込まれた。

しかし、アパート、下宿住いの多い今日、代人受領は一般に行なわれているものであること、本件郵便物は、アパートの管理人である右伊藤が借家人に対して発送した立退要求の郵便物であつたので、右伊藤が受領を拒否すべき特殊な事情があつたことが認められる。

翌一三日、広島市舟入本町七―二五栄建設株式会社宛の特別送達郵便の配達に際し、同社の者に受領報告書に捺印を求めたところ、郵便物を渡すよう求められ、押印するまで渡せないと拒否したため、口論となり、同社の南見干城から局に前同様の苦情が電話でなされた。

右のトラブルは、名宛人と受領報告書が同一人に対するものでなかつたことにより生じたこと、原告としては重要な郵便物については、受領印を貰うまで渡せないとの指導を受けていたのでこれに従つたことが認められる。

右の利用者との各トラブルがいずれも特殊な原因に基づくものであること及び、この種の利用者からの苦情申入れは少なくないことを考慮すれば、免職処分事由として重要視すべきものではないと考える。

2. 集団抗議に関する事由について

証人竹中弥寿雄(一、二回)の証言、及び右証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証の五、八、一四、一五と第五号証並びに原告本人の尋問の結果を綜合すれば次の事実が認められる。

昭和四三年八月一五日原告の同僚平川、上野及び学生アルバイトの西原らが局外作業中、パン、牛乳の飲食をしたことについて、翌一六日課長が、右平川、上野らに対し注意を与えた際、平川等は抗議の意見を述べ、原告も途中からそのやりとりを聞いていたこと、翌一七日右平川、上野らは分会役員井手口とほか四名位の課員と共に課長席に集り「配達中に牛乳を飲んでなぜ悪い」「人間の生理的欲求に文句をいうようでは下僚を使うことはできない」等と申し立て先の課長の注意に対してこもごも抗議したがその中に原告も加わつていたこと、最後に課長と井手口の間で、牛乳を飲むのが絶対にいけないということでなく、市民から勤務中の行動について批判を受けないようにすべきものであることというのが、課長の注意を与えた真意であることに了承がついたことが認められる。右の事実経過に照らせば、集配課の職員が課長の注意は人間味にかけるとして厳重に抗議を申し立てたもので、もとより原告は、その中心的な存在ではなく同僚について行き側面から成行きを見守る態度にでたものというべきである。

被告としても、右の一連の行為を重要視するならば、責められるべきは、むしろ局外作業中飲食しながら、上司に対する抗議に参加した平川、上野であるはずであり、同人らに対しその後なんらの処分をした事実は認められないから、原告についてのみ右行為を問責するのは当を得ない。

同年九月一四日、賃金カツトの問題をめぐつて、多数の職員が課長席に押しかけて抗議した事実は認められるが、原告が右抗議の際、最前列に位置して積極的な役割を果したかのような被告の主張事実は、本件全証拠並びに原告の身分及び集配課における地位等に照らし首肯するに足りず、他の職員について右抗議を事由とするなんらの処分がされたとは認め難いこととの権衡からして、原告についてのみ右行為を処分事由として取り上げることは、相当でない。

同月二〇日、副課長から訴外平川に対し、宛先不明の郵便物は後まわしにするよう指示があつたことに対し、原告は同僚二一名の者と共に課長席に集り、右指示が誤つていると抗議し、約一〇分後、課長からの就業命令により職場に復帰したこと、右抗議の内容は、新住居表示による郵便物の配達に関するものであり、勤務時間中に職場を離れたことは問題とされても、原告としては、自己の職務に関するものであるから、課長の見解をただし、執務の参考にしたいことにあつたと推認されるので、特に原告を問責すべき筋合にはないと認められる。

3. 被告は、原告が、九月二二日午前九時二〇分頃副課長から組立作業を終えて配達に出るよう指示されたにも拘らず、なお組立作業を続け、一〇時すぎ出発したことについて、副課長の右指示を無視し、ことさら作業能率を落したものであると主張するが、証人井手口祐将の証言、並びに原告本人尋問の結果によれば、副課長から右指示のあつたこと、出発時間は、通常九時半ごろであるところ、当日は一〇時すぎになつたこと、その遅れた原因は、当日は日曜日であり平日の人員よりひとり少ないため原告の配達する区域が増したことと、当日郵便物が多かつたためであることが認められ、被告主張のように、ことさら作業能率を低下させたものとは認められない。

(五)  原告の勤務評定について

被告は、原告に関する条件附採用期間中の勤務評定によれば、成績不良の判定がなされ、免職処分相当の判断がなされた旨主張し、証人竹中弥寿雄の証言(一、二回)及び右証言により真正に成立したものと認められる乙第二号証によれば、原告に関する勤務評定(評定期間昭和四三年三月二八日から八月二七日までの五カ月)は、略式評定により他の条件附採用者四名は成績良好とし、原告のみは不良(任用せず)として、正式評定をすることになり、集配課長代理道川貢が第一次評定を、集配副課長奥薫が第二次評定を、集配課長竹中弥寿雄が第三次評定(実施権者として)をしたものであつて、原告は、「責任感が足りなかつた」「奉仕観念が足りなかつた」「職場の規則に従わぬことが多かつた」「素直さが足りなかつた」等の評価を受け、特記事項として「極めて陰険な性格」「優れた特技並びに能力なし」とあり、結局、今後の指導をもつてしても矯正できない旨の判断から、条件附採用期間の経過を待つことなく免職すべきものとされていることが認められる。

しかし、右評定の前提とした事実は上来認定してきた原告の各行為であることは当然であるが、これらの行為がそれぞれ免職処分事由に当らないことはすでに説示したとおりである。右竹中証人の証言によると、結局のところ、職場規律違反を重視して原告の勤務成績を不良とするものと認められるところ、原告の態度が上司にそのように映つたのは、主として組合の方針や同僚、先輩の指導に端を発し、社会経験の乏しい原告が集配課長に対し、若干感情的な態度をとり、他の条件附採用者よりも目立つ存在になつたもので、もとより反省すべきものはあるにせよ、原告の全人物的評価が矯正不能であるほど悪質であるかどうか、本件全審理をつうじ、そのようには認められず、他の職員との対比においても、公務員としての適格性に欠けるものがあるとは速断し難い。勤務評定に関し、直接の上司の評価は十分に尊重されて然るべきものであるけれども、後記のように、原告は進んで郵政省事務員の道を選択し、向上心もあるのでその勤務の諸状況に照らし、免職を相当とした右評定は不当というべきである。

他方、証人鍵浦俊文の証言その他弁論の全趣旨によると、原告は、中学、高校生時代、級友とも折合いがよく、中等度の成績を収めていたこと、高校一年の冬休みごろから三年の冬休みまで西局の集配業務が忙しいとき、アルバイトとして郵便物配送業務をやり、奥副課長と面識をもち、高校卒業時、他に就職先が決つていたのを、右副課長の勧めがあり、ひとり農業を営む母親の立場も考慮して、郵政省事務員の道を選択したことが認められ、また成立に争いのない甲第二号証によれば、広島郵政研修所初等部で研修をうけたとき、学級委員に任命されていることが認められ、前記竹中証人の証言及び右証言により真正に成立したものと認められる乙第一七号証によれば、職員の一日当りの配達郵便物の標準は、八〇〇ないし一、〇〇〇通であるところ、原告は標準以上の配達をこなしていることが認められ、右各認定を覆えすに足りる証拠はない。前記勤務評定というのは、すでに不採用の結論にたち、その理由づけを書面化した性質もあつて、その採点はかなり酷な見方にたち、寛容さに欠ける面もあつて、その職務の性質との関連においても、右評定の判断は、にわかに首肯し難い。

五、以上の理由により、本件免職処分は、先に述べた条件附採用期間中の職員に対する免職処分事由に欠けており、原告が、人事院規則一一―四第九条にいう郵政省事務員としての適格性を欠いている旨の判断からなされた本件免職処分は、その裁量基準を逸脱するものと解するのが相当である。

従つて、本件免職処分は、人事院規則の前記条項の適用を誤つた違法があるものとして取消しを免れないものである。

(結語)

以上の理由により、被告が原告に対してなした本件免職処分は違法であるから、原告の本訴請求のうち、本件免職処分の取消しを求める部分はこれを認容し、給与の支払いを求める部分は不適法な訴えであるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 熊佐義里 塩崎勤 井上郁夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例